『フィリッピーナを愛した男たち』なら絶対に読んでおきたい。これがフィリピンの現実だ!

前回、名作!!『フィリピ―ナを愛した男たち』がリアルを描いていていろいろとすごかった件について という記事でドラマ版の『フィリッピーナを愛した男たち』を紹介しました。

今回はかねてから気になっていた原作を読んでみたので本文を引用しながら、僕なりに思ったことを書いていきたいと思います。

ちょっと情熱が余り過ぎた+まとめる才能がないのでだらだらと長くなっちゃいました。。。

フィリッピーナを愛した男たちについて

女性作家の久田恵が執筆したルポ作品。久田さんはこの本で1990年第21回大宅壮一ノンフィクション賞受賞した。
日本に働きにくるフィリピ―ナが増えてくる真っ只中な時代を目撃した久田さんが、彼らに興味を持ち取材、執筆に至る。

性を買うもの、売るもの、客とホステス、加害者と被害者、こういった構図のみで常に語られてきた出稼ぎ女性と日本人男性との関係のありようを、個別なケースを見ていくことにより、新たな関係性を見つけられるのではないかと考えたことが執筆の理由であるという。

この本の何が面白いの?

もうありのままのフィリピンを書いています。20年以上前の本なのですが、今僕たちが読んでも「あーあるあるw」と笑ってしまったり、「そんなこともあるんだ!」と新しい発見をすることもできます。久田さんがインタビューを繰り返し、様々な日本人男性とフィリピ―ナとのカップルを通して、「こんな恋の形もあるんだ」ということを私たちに教えてくれます。

登場人物も魅力的で、特にガイド役の玲子さんをひときわ存在感を放っています。時には優しく時には厳しく。日本を去り、フィリピンで地位を築いた玲子さんだから語られる言葉は本当に重みがありました。また、久田さんがフィリピンに取材に行く際にお世話になる、ドライバーのジンなんかもいいキャラしています。

日本人男性とフィリピ―ナカップルはこの本のなかで数組紹介されているのですが、皆さんとても共感できてしまう方達でした。今この人たちは何やってるんだろう?仲良くやってるのかな?なんて想像を引き立てられます。

印象に残った言葉

この本からは本当に学ぶことがたくさんありました。20年以上前の本ですが、今でも役に立つことが本当にたくさんあります。是非フィリピ―ナを愛する皆さんに読んでほしいのですが、現在は絶版状態なのか本屋さんでは売ってなく、また図書館にも取り扱いが少ないです。中古の本を買うくらいしか読む手段がないくらいなんで、面倒だと感じる人もいるかもしれません。なので今回はちょっと本の中で印象に残った言葉たちを抜粋して共有したいと思いますね。

ネタバレ要素満載なので、これから読もうと思っている方はこの記事は自己判断で見てくださいwまた、この記事を読んで興味を持った方は是非インターネットで検索してみてください。中古の本が、状態にもよりけりですが送料込みで500円ほどで売っているのを見つけることができると思います。

プロローグ・エピローグの他に6章あるので、そのそれぞれから抜粋して、この本を読んで私が思ったことを書いていきますね。

プロローグ ニッポンの男、頭おかしいか

大手都市銀行に勤める32歳独身ヤスオとフィリピンパブで働いていたアグネスとのストーリー。アグネスがヤスオとの関係を通して「本当の愛」は何なのかを考えていく。

そんなフィリピ―ナアグネスの言葉に、「(店のママさんから)アグネス男騙だましてる、あんまりカワイソウ、だから怒る、遊ぶのいけませんだって。でも、ワタシ、悪くないよ。ワタシ、ノウ、ノウでしょう。男、好き好きよ。お金、あげるあげる、どうぞどうぞでしょう。ワタシ悪いか、誰悪いか」というのがある。

男には妻子があったがそれでもアグネスに惹かれ、どうにか気を引こうとするが、アグネスにはヤスオがいる。そんな関係を全て把握していたママさんが注意するのであるが、アグネスにとったらそれはお門違いだという。男が勝手にお金をくれるだけで、彼女には男性を騙しているつもりはない。だって向こうが勝手にくれるのだから。そんな関係性でもこの男性は真実を知ったらどう思うだろうか。きっと騙されたというだろう。

現在もフィリピ―ナに騙されたという男性は多い。しかし考え直してみて欲しい。悪いのはフィリピ―ナだけであろうか?男性側にも非があるのではないだろうか。このストーリーでは一般的にはフィリピ―ナにお金をとられたかわいそうな日本人、というように映るかもしれないが、別の見方もある。ただ男性が「お金でフィリピ―ナの心を買える」と思いこみ、お金をあげていただけという見方である。フィリピ―ナにももちろん非はある。しかし騙された方にも非がある場合もあるのだ。このことを少し考えてみて欲しい。お金で人の本当の心を買うことは難しいのかもしれない。

第1章神様からのギフト

日本のフィリピンパブで働く元気で幼いエミリアと決して順風満帆ではないパチンコ店で働いている森本祐介のストーリー。2人は同棲していたのだが、エミリアがかける営業電話に不機嫌になる森本に対する一言「これ、ビジネスよ、仕方ないでしょう、あなた、なぜわからない」。

フィリピン国内の話だが、実際に僕もお店の女の子と付き合っている男性を知っている。しかし男性は時に、「その関係に愛があるのかどうかわからない」というようなことを漏らしている。また仕事だと分かっていてもお客さんと親しくしているのをみると嫉妬してしまい、それが原因で喧嘩になることも多いという。しかし、その方の彼女と話してみても、実際とてもその男性の事が好きだし愛していることが伝わってくる。女性は家族への仕送りなどもあるため働かなければならない。フィリピンには職は少なく、得られた仕事はパブしかなかった。それに男性が家族を支えられないならば彼女は店で働くしかないのである。

男性は、とてもつらいと思う。しかし男性が彼女の家族までをも支えられなければ、彼女の職に文句を言うことなどできないのである。それがフィリピン人と付き合うことの大変さである。

フィリピン人にとって家族は大切な存在である。そのためには嫌な日本人客の相手だってするし、多少触られても我慢してしまう。それがフィリピ―ナなのである。そんなフィリピ―ナ彼女に腹を立ててもお門違いだろう。それが彼女達に残された生きていく道なのである。疑うだけではなく、広い心を持ってどしっと構えてみてもいいかもしれない。本当に愛しているのなら彼女を信用してあげましょう。お店で働いているフィリピ―ナとお付き合いされている方達は、ちょっとこんなことも考えながら二人の関係性を考えてみて欲しい。何かが見えてくるかもしれない。

第2章帰ってこない妻と娘

貧しくやっかいな家族をもつステラとフィリピ―ナに振り回されているとは思えない凛とした川村のストーリー。そんなステラの実家を訪れたガイドの玲子さんの一言「ミスター川村が、養育費を送らなければ、マリア(彼らの子ども)だけじゃなくてね、あの子どもたちも飢えるんだよね」。

フィリピ―ナ彼女の家庭が貧しい場合は、本当にこんなことがある。結婚したらお金をせびられせびられ結局破産してしまった、なんていう話も聞くくらいである。結婚を意識したお付き合いをするなら最低限家族のことについては事前に知っておくべきであろう。また、送金する場合はその条件や限度なども最初に決めておいた方がトラブルを避ける手段にもなる。しかしそれでも彼女の家族内に急病人が出て入院してしまう場合、フィリピンではものすごく医療費が高いので彼らで賄えない場合がある。そんな時に彼女から資金援助をを求められ断ったらどうなるであろうか。「愛ないか」である。

よくフィリピン人女性に「急病人が出た」「家が台風で壊れた」などのウソでお金を騙し取られている人もいるが、そんな人たちはフィリピンのことを知らない人達が多い。最低でもフィリピンの家族と会っておく、入院費用などの相場を知っておくなどはしといた方が良いかもしれない。そうすれば必要な時に必要な分だけ援助するができる。それとフィリピ―ナと結婚するなら多少の送金は頭に入れておくべきであろう。

第3章追いかけてきた男たち

元ジャパゆきさんのフィリピ―ナと結婚したマニラのプロモーターの一言「その神様がこの国では便利なんですわ、過去のことを持ちだしたら、あの子たちは怒り狂いますよ。『ワタシ、そのこと教会でもう告解したよ、神様すべて許してくれた、だからもう関係ない、あなた何言うかっ』これでおしまいですわ」。

フィリピン人と仕事をする上でもお付き合いをするうえでも変わりませんが、フィリピン人の宗教であるキリスト教について理解しておくことは本当に大切だと思います。しかし、フィリピンのキリスト教はフィリピンなりの様々な特徴があったりするのです。それは多くのフィリピン人と関わりあって見えてくることだと思っていますし、私自身もまだ理解できてない部分もあります。

ただ、日本にいると宗教に対してあまり意識が向きませんが、フィリピン人とお付き合いをする上で宗教を理解すること知っておくことは欠かせないと思います。宗教を理解すれば少しは謎だらけのフィリピ―ナが何を考えているのかわかるようになるかもしれませんよ!

第4章茨城によく似た風景

飛行機整備会社に勤めている橋本幸二と妻のエミールを取材するためにフィリピン・ガパンに訪れていた筆者がドライバーのジンから聞いた一言「この国では一人に一本ずつココナッツの木があれば誰も飢えることはないのだ、だけど何千本も一人で抱え込んでいるやつがいる、それがこの国の不幸だ」。

この言葉は本当にフィリピンを良く表していると思います。改善されてきてはいるものの、フィリピンではいまだに政治家による汚職が多発しています。フィリピンが台風の被害に遭い、支援金が各国から届けられてもそのお金が政治家のポケットに入っていくなんてことはよく聞く話です。

権力を持ったやつは偉い、持ってないやつはそいつが悪い、これがフィリピンという国なのです。

第5章故郷を捨てた男

フィリピ―ナの中では珍しく仕事をてきぱきとこなし商売の才能もあるテッシーと、フィリピンでパブを立ち上げた笠原の話。この章からは特に共有したい言葉はないのだが、この笠原という男の生き方はフィリピンで生きる上で知っておくべきかもしれない。

フィリピンで生きるということはフィリピンの法律や文化を理解しなければやっていけない。フィリピンを訪れる多くの日本人はフィリピンのここがダメだ、日本はあーなのになんて愚痴をこぼしている人は多い。しかしそれがフィリピンなのである。本当に嫌なら日本に帰ればいい。ただそれだけである。フィリピンで生きていくなら、ある程度はフィリピンに合わせるべであると僕は思う。

しかしそんな愚痴を毎回こぼしている人に限って、そんなフィリピンが大好きだったりするのである。フィリピンにはそれだけの魅力があるといえよう。

第6章浦安の小さなフィリッピン

日本でフィリピン流に生きている久松と妻セシルのストーリー。そんな久松の一言「たとえば、わしが浮気じゃなくて日本の女に本気で惚れたとする、そしたら多分そっちがいい。セシルもフィリッピン人の男に本気で惚れたらやっぱりそっちの方がいい。自分の国のもんの方が結局はお互いの気持ちがわかる、そうじゃないのか。国の違いちゅうか、四年暮らして、わしにはセシルの心の中が読めん、どうにもわからんもどかしいものがあるわな」。

僕にもフィリピン人の彼女がいるのだが、この言葉には納得できる。言葉の違いもあれば文化も違う、さらに宗教も違うとなれば本当にわからないことだらけである。ただそんなわからないもの同士でも、お互いに魅力を感じてるから付き合いを続けている。それって素晴らしいことなんじゃないのかと思ったりもする。

筆者はこのもどかしさの原因についてこう述べている「それは国とか文化の違いというよりも、むしろ男と女の違いという方がはるかに大きいのではないか」。

僕はこの文章を読んだ時につい笑ってしまった。日本人同士だってわからないことだってあるのだ。というか人間、相手のことを本当に理解することは不可能なのかもしれない。だったらそんなもどかしさも「楽しい」と思った方がお得である。何考えているのか分からないけど一緒にいて楽しい。それが答えでもいいのではないだろうか。

まとめ

全体的にまとまりのない文章になってしまいまして、すいません。しかし僕が伝えたいことは一つです。

「とりあえずこの本読んでみよう!」それが言いたいだけなんですw

本当に僕はこの本は面白いと思いますし、フィリピンのことについて考え直すきっかけになりました。少しでも多くの方がこの本を読んで、よりフィリピンのことを好きになってくれたらなと思います。

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